そんなわけで、今回は、言霊シリーズの
番外編として、
「鷲は舞い降りた」をご紹介しちゃおうと思います!
え?
RS?
ジオン公国?・・・ま、まあいいじゃないですか、たまにはw
ジオンを愛する同志であれば、きっと
クルト・シュタイナ中佐と
彼の率いる落下傘部隊のメンバーの
男気にほれることまちがいなしです!
彼らの
行動理念たるや、まさに
ジオン魂そのものですっ!!(違
まぁ、私なんかが拙いレビューなんか書かなくても、
「鷲は舞い降りた」でぐぐってみれば、
大体のストーリーなんかはすぐ追えるこのご時勢なわけですが・・・。
ここは私らしく「言霊」式に、
グッっときたセリフを中心にご紹介していきたいと思います♪
まぁ、あの・・・先にお断りしておきますとですね、
今回、書き上げてみたら、字ばっかりで
しかもむちゃくちゃ長い記事になってしまいました^^;
なので、とりあえず、太字で書いたセリフを読んでいただいて、
グッっときた方は、ララァの戯言も読んでみてください^^
舞台は敗色が色濃さを増していく1943年、
ヒトラー統治下のドイツです。
「チャーチルを連れて来い!」ヒトラーが勢いに任せて放った一言。
イギリスの首相を拉致してくるというこの荒唐無稽な思い付きが、しかし、
様々な人間の思惑と、利害、偶然が絡み合い、実現へ向けて動きだします。
その実行部隊の指揮官として浮上したのが、
クルト・シュタイナ、
当時27歳、落下傘部隊の中佐です。
ちなみに我らがサイクロプス隊の
ハーディ・シュタイナ大尉は
たしか44歳・・・だったと思うので、本家のほうがかなり若いみたいです。
落下傘部隊というのは、文字通り、
飛行機から落下傘(パラシュート)によって戦場に降下し、
おもに
白兵戦により作戦を実行する部隊であり、
その任務の危険さから、おのずと
精鋭部隊となるようです。
数々の戦場で、輝かしい戦果をあげ、
勲章という勲章を総なめにした筈のその男は、
しかしその頃、軍法会議で命じられた、
特攻同然の「めかじき作戦」に従事していました。
「放してくれ。綱を切ってくれ。あんた一人なら帰りつける。」
「・・・一緒に行動するようになってから、どれくらい経つかな、リッター?」
「あんたのほうがよく知っている筈だ。俺が初めてあんたを見たのは、ナルヴィクの上空で、俺が飛行機から飛び降りるのを怖がっていた時だった。」
「ああ、思い出したよ。俺が、考えを変えるように説得したな。」
「いろんな言い方があるものだな。俺を放り出したくせに。」
「そう、大学からそのまま来た18歳の小生意気なベルリン子だった。いつも尻のポケットに詩集を一冊入れていた。大学教授の息子で、おれがアルベルト運河で負傷した時、弾雨下を50ヤードも匍匐して救急箱を持ってきたな。」
「あの時、放っておけばよかった。何もかもあんたのおかげだ。クレタ島、そして俺が望みもしないのに少尉任官、ロシア、そしてこれだ。ひどい貧乏くじをひいたもんだ。・・・ありがとう、クルト、しかし、無駄だよ。」(リッター・ノイマンとクルト・シュタイナ)
「めかじき作戦」により敵艦を撃沈したものの、部下の一人を失い、負傷した副官のリッター・ノイマン中尉を連れ、強い引き潮と濃霧に阻まれながら冷たい海の中を撤退するクルト・シュタイナ中佐と、意識をとりもどしたノイマン。この「めかじき作戦」の厳しさと、シュタイナの軍人としての卓越した能力、そして副官、ノイマンとの信頼関係を伝えてくれるシーンです。ノイマンはもう死ぬ気満々ですが、まだここは物語の序盤なので、まだまだ死んでもらっては困ります。二人はこのあと部下たちに救出されます。
ノイマンはシュタイナのことを、普段は「中佐殿」と、階級で呼びますが、感極まったり、動揺したりすると「クルト」と呼びます。この二人の距離感、とっても好きです。
シュタイナは、この「めかじき作戦」により、
10週間の間に30人いた部下のうち15人を失いました。
なぜこのような特攻同然の作戦に従事することになったのか。
それは、時を遡ること3〜4ヶ月前のこと。シュタイナが得意とする、
孤立した友軍の救出作戦の戦果による再度の受勲のため、
本国へ送還される途中、ワルシャワに立ち寄ったときのことでした。
折悪しく、そこでは、ヒトラー総統への誕生日プレゼントとして、
ワルシャワからユダヤ人を抹殺する作戦の真っ最中でした。
抵抗する術を持たないユダヤ人たちを一方的に虐殺するドイツ軍を目の当たりにし、
シュタイナは不快感を隠しません。
「ほどほどに、中佐殿。ほどほどに。」(リッター・ノイマン)
シュタイナと同じ思いを抱きつつも、作戦を実行する部隊に対して不快感を隠そうとしないシュタイナが面倒を起こさないように、なんとかなだめようとするノイマン。なかなかの女房っぷりです。そうは言っても、いざ事が起こればシュタイナと運命を共にすることをためらわない男気もあるのがノイマンです。こういう女房キャラって、好きだなぁ♪
「いけません、中佐殿!」(リッター・ノイマン)
ついに見かねて、目の前でつかまったユダヤ人の少女を助けてしまう、シュタイナ。ノイマンは制しましたが、間に合いませんでした。好きだなぁ、このノイマンの役どころ^^
親衛隊の将校を人質にとってユダヤ人の少女を逃がす
シュタイナはむちゃくちゃかっこいいです。
そこまで、ナチスドイツ、敗色の色濃い暗く重い空気、
すべての描写が史実に基づいていてとてもリアルなのに、
この場面に来て、シュタイナの言動は、
ちょっとリアリティを欠くくらいかっこいいです。
そのかっこよさたるや、まさに
ジオン魂(違
だって、ヒトラー統治下のドイツの軍人がユダヤ人をかばうなんて!
拷問死を志願するようなものだということくらい、
いくら歴史に疎い私でも、わかります。
「お前は誰だ?」
「クルト・シュタイナ、落下傘連隊。・・・それで、そちらはどなたであろうか?」
「私にそういう物の言い方はできないはずだぞ、中佐。君が充分承知しているように、私は少将だ。」
「私の父もそうだ。だから、さして驚きはしない。しかし、ことのついでに伺うが、あなたがここの虐殺を指揮しているシュトロープ少将であろうか?」
「そうだ。わたしが指揮官だ。」
「そうではないか、と思っていた。あなたを見て私が何を思い出したか、お分かりか?」
「いや、中佐。聞かせてもらいたい。」
「どぶの中で時折、靴にくっつくものだ。暑い日にはとくに不快なものだ。」(ユルゲン・シュトロープとクルト・シュタイナ)
騒ぎを聞きつけてやってきたユダヤ人掃討作戦の司令官、ユルゲン・シュトロープ少将とシュタイナのやりとりです。少将であるシュトロープに対する軽蔑と敵意を隠そうとしないシュタイナ。またこれが、絶対的階級社会の軍人にあるまじき不遜な物言いの応酬です。多くの実戦を戦ってきたシュタイナにしてみれば、階級なんかはどうでもよく、シュトロープは軍人としても格下、そしてなにより人として、見下げ果てた男でしかなかったのでしょうね。そうはいっても、将官クラスの軍人に向かってこの物言いは、命がけ以上の行為ですよ。
「彼らは、なぜか、私には理解できない理由で、ある種の忠誠心を私に抱いているのです。あなたが、私だけで満足して、彼らがしたことを見逃してくれる可能性はないだろうか?」
「まったくない。」
「そうだろうと思った。私は常々、一目見ただけで犬畜生のような人間の見分けがつくことを、自慢にしているのだ。」(クルト・シュタイナとユルゲン・シュトロープ)
シュタイナを止めた筈のノイマンを筆頭に、シュタイナを守るため、武器を手に飛び出してきたシュタイナの部下たち。シュタイナーは一応(?)酌量を願い出ますが、聞き入れられません。まぁ、そうでしょうね。しかし、部下が一人残らず上官の奇行(?)につき合うとは・・・だから、ヒトラー統治下のドイツで(以下略)・・・みんな勇敢すぎます!忠実すぎます!!かっこよすぎます!!!ちょっとできすぎている気もしますが、それもこれもシュタイナの人望のなせる業・・・なのでしょうw
本当なら銃殺刑になるところ、彼が数々の戦果をあげた英雄であること、
彼の父親が軍の要職にあることなどから、
シュタイナは部下たちともども、懲役隊として、
「めかじき作戦」に従事することになったようです。
これでは、ノイマンに「ひどい貧乏くじ」といわれても仕方がないですね。
「彼以上に勇気のある男は、まずいないだろう。―非常に頭がよくて、勇気があって、冷静で、卓越した軍人―そして、ロマンティックな愚か者だ。」(ハインリヒ・ヒムラー)
希代の冷血漢、ハインリヒ・ヒムラーをして、こういわせるだけの男、それがシュタイナです。
「あの男は名誉に関する観念を完全に欠いている。」
「・・・それで、君は?君は、あるのか?」
「ないかもしれん。あるいは、私が考えていることを表現するには、高尚すぎる言葉かもしれん。約束したら必ず守る、とか、いかなることがあろうと友人を助ける、といった単純なことだ。それらを合わせたものを、名誉といえないだろうか?」(クルト・シュタイナとマックス・ラードル)
父親を人質にとられたも同然の状況で、作戦に赴かざるを得なくなったシュタイナが、ヒムラーについて語ったところから、シュタイナの考える『名誉』について語られます。彼がいうところのこの『名誉』が、彼の言動の全ての根源となっていることが窺えます。
「(飛行機に向かって)久しぶりだなぁ、おい。」
「この型の飛行機のことを、知っているのかね?」
「どの女よりもよく知っていますよ。」(ペイター・ゲーリケとマックス・ラードル)
『人が馬を愛するように、揺るぎない情熱を込めて飛行機を愛した』男、ペイター・ゲーリケ大尉。イギリスの制空権下にある空域を、レーダー網をかいくぐって突破し、目的地にシュタイナたちを運ぶという危険な任務を、しかも未曾有の悪天候(濃霧)の中で見事に果たした、誇り高きパイロットです。この下りは、彼の飛行機に対する並々ならぬ愛情がうかがえる場面です。リオ・マリーニ軍曹をはじめとしたジオンの整備兵たちも、こんな気持ちでモビルスーツの整備をしていたのでしょう・・・(ぇ
「以前ははっきりした考えがあったのだが、今はあまり確信がない。俺の父は、昔風の軍人だ。典型的なプロシア軍人だ。情熱と鉄の意志を備えているが、名誉をも重んじる人間だ。」(クルト・シュタイナ)
命を賭けて戦いに赴く動機をゲーリケに聞かれたシュタイナは、それに答える代わりに父について語ります。勇気と名誉を重んじる父のような軍人でありたいと願う気持ちと、迷走する祖国ドイツとの間で、落としどころを見つけられないシュタイナの、諦めにも似た、漠然とした苦悩がうかがえる場面です。
「少々面倒なことになったな、リッター。」
「何も初めてではありませんよ、中佐殿。」
「よろしい。かかってくれ。」(クルト・シュタイナとリッター・ノイマン)
ポーランド人部隊と偽ってイギリスの寒村、スタドリ・コンスタブルに潜入したものの、部下の一人が、河に落ちた村の子供を助けて死んだことを発端に、村人に正体が知れてしまいます。綿密に練られた作戦に齟齬を生じると、多くの普通の人間は冷静さを保つのが難しくなり、自滅することが多いのですが、彼らは冷静でした。しかし、シュタイナ自身、冷静であるとはいえ、副官にこういってもらえるのは、心強かったでしょうね。
「死んでいます、中佐殿・・・」
「しっかりしろ!彼は死んだが、お前は生きている!」
「はい、中佐殿。」(ヴェルナー・ブリーゲルとクルト・シュタイナ)
訓練のために村に居合わせたアメリカの特殊部隊との交戦中、仲間が死んで呆然となる部下に対し、喝を入れるシュタイナ。戦いの緊迫感を反映した短い言葉ですが、すごく説得力がある気がして、気に入っているセリフです。
「しかし、中佐殿。」
「しかし、はない。今日は俺がヒーローを演じる番だ。さ、行け、みんな!命令だ!」(リッター・ノイマンとクルト・シュタイナ)
銃撃戦の中、部下を逃がすために自ら陽動を買って出るシュタイナ。
「すぐさま連れて行くがいい。みんな連れて行ってくれ!」
「村人を行かせる、というのですか?」
「戦闘再開が避けられないのだから、当然そうすべきだろう。なにかね?私たちが村人全員を人質にして、女たちを先頭に立てて銃を撃ちながら脱出を図る、とでも思っていたのか?残虐なるドイツ兵、ということかね?ご期待に添えなくて申し訳ない。」(クルト・シュタイナとハリイ・ケイン)
投降を勧めにきたアメリカの特殊部隊のハリイ・ケイン少佐に対し、軟禁していた村人たちを引き渡します。そもそも村人を集めたのは秘密の漏洩を防ぐためだったのですが、結局漏れてしまった今となっては、彼らを捕らえておく必要はないわけです。それにしても、人質がいれば、もうちょっと生還できる部下もいたように思うのですが・・・、民間人を盾にするなど、彼の美学が許さなかったようです。この過剰な美学、ジオン魂を感j(ry・・・
「彼は勇気のある子供ですよ。一瞬のためらいも見せませんでした。すぐさま飛び込みました。勇気がなければできないことだし、勇気というものは、いつの世でも廃れることのない大事なものです。」
「おじさんは、どうしてドイツ人なの?どうして僕たちの側につかないの?」
「(笑って)さ、早く連れて行きなさい。私が彼の誘惑に負けないうちに。」(クルト・シュタイナとグレアム・ワイルド)
河におちた妹を追ってためらわず飛び込んだ幼いグレアム、その母に話しかけるシュタイナ。『勇気』これもまた、彼の重要な美学のひとつです。そして、ドイツ=悪という簡単な図式で世界を理解している幼いグレアムの目に映った、およそドイツのイメージとはかけ離れたシュタイナたちの姿は、ひどく不可解な存在のまま、強く印象付けられいてきます。泣かせてくれます・・・。
「君がこんなに長い間黙っていたのは、初めてのような気がするな。」
「正直に言って、『助けてくれッ』っという以外、一言も言うべき言葉が浮かばなかったんだ。これで、中に入って祈りをささげてもいいかい?」(クルト・シュタイナとリーアム・デブリン)
シュタイナたちの作戦に現地工作員として参加した陽気なIRA(アイルランド共和軍)の闘士、リーアム・デブリン。投降勧告をつっぱね、しかも人質を解放するというシュタイナの決断により、生還の可能性が限りなくゼロに近くなったわけですが、このシュタイナの狂気にも似た高潔さにあきれつつも、惚れ込んでもいて、人生という冒険の最期に、こんな男と運命を共にするのも悪くないかな、というような気分でいたのではないでしょうか。
「『鷲、正体を知らる。』・・・あとはつけたしに過ぎない。」
「!!・・・それで、俺たちに対する命令は?」
「『俺の判断で行動せよ。』・・・考えてもみろ。シュタイナ中佐、リッター・ノイマン―それに大勢のすばらしい男たち・・・。」
「・・・こういう場合、何人かが脱出に成功する可能性は、常にあるものです。一人でも二人でも。そうでしょう?」
「これでもまだ、予定通りに侵入する気がある・・・ということなのか?おまえも?」
「少尉殿とは長いおつきあいです。俺はこれまでも、行き先を聞いたことは一度もありません。」
「よし、こう送信してくれ。」(パウル・ケーニヒとその部下たち)
作戦終了後、船でシュタイナたちを沖合いまで迎えに来る任務を負っていた若き船乗り、パウル・ケーニヒ少尉。戦前は、銀行の会計係をやっていましたが、『今では海が彼の人生だった。彼にとっては肉であり酒であり、どんな女よりも重要であった』といいます。シュタイナたちの作戦が失敗したという連絡に、シュタイナとその部下たちを思い、『大人になって以来、初めて、大声で泣きたい気持ち』に襲われます。そもそもイギリスの領海の機雷群を突破する危険な任務が、作戦が失敗したとなれば、その危険度は格段に増すわけです。それでも、シュタイナたちを迎えに行くことで一致する彼ら。危険を顧みず、自分の魂の命じるままに行動できる男たちって、どうしてこうもかっこいいのでしょう。
「返事です。中佐殿。『予定通り巣を訪問。助力を要する雛鳥あるやもしれず。幸運を祈る。』・・・なぜ、こんな言葉を付け足したのでしょう?」
「・・・彼が非常に先見の明のある若者で、彼同様に、私が幸運を必要としていることを、見抜いているからだ。・・・ドイツのどこから彼らが出てくるのだろう?あのようなすばらしい若者たちが・・・。あらゆる危険を冒し、全てを犠牲にするが、いったい、なんのためだ?」(通信官とマックス・ラードル)
作戦失敗の報に、それでもシュタイナたちを迎えにいくという、ケーニヒの回答を聞いた、作戦の総司令官、マックス・ラードル中佐。↑の会話にでてくるように、それでもシュタイナたちを迎えにいくかどうかを現場の判断に任せたのは、ラードルとしてはもちろん、迎えに行ってほしかったのでしょうが、上官として命じるにはあまりにも困難な任務となってしまったからなのでしょうか。とにかく、それでも迎えにいくというケーニヒの気概、そして、このケーニヒ自身、非常な困難な状況におかれたにもかかわらず、この作戦失敗によるラードルの立場の危うさを気遣う想像力に、ラードルは感慨を感じているのです。
ケーニヒはこんな風に、自分自身がいかなる状況にあっても、仲間や部下の安否や立場を非常に細やかに気遣う、とても仲間思いな人物として描かれています。
「君は一緒に行かない。」
「俺がどこに行かねばならないか、君には解っているはずだ。」
「俺は、これまで、男が命を捨てたいのであれば、好きなようにさせておくのが主義だったのだが、君の場合は例外として、あえて異論を唱えたい。だいたい、そばに近づくことすらできないのだ。暑い夏の日にジャムにたかる蝿以上の人数が、彼の身辺を警備しているはずだ。」
「しかもなお、俺は、やるだけやってみなければならない。」
「何故だ?お父さんの役に立つかもしれない、と思っているのか?それは幻想に過ぎないよ。現実を直視したほうがいい。プリンツ・アルブレヒト通りのあのばか野郎が考えを変えない限り、どんなことをしても無益だよ。」
「そう、たぶん、君の言う通りなのだろう。俺も心の底では、初めからそう思っていたようだ。」
「それなら、何故行くのだ?」
「なんとしても、それ以外の途をとることができないからだ。」(リーアム・デブリンとクルト・シュタイナ)
脱出のシナリオを組み立てたデブリンとシュタイナ。しかし、シュタイナは脱出する意思がないことを、デブリンは、疑うというよりは、確信していました。そう、シュタイナはたった一人残っても、任務を完遂するつもりなのです。『プリンツ・アルブレヒト通り』は、ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)の本部があるところで、『あのばか野郎』というのは、ハインリヒ・ヒムラーのことです。シュタイナ自身が言っていたように、ハインリヒ・ヒムラーの人となりを考えれば、万難を排して任務完遂しても、彼の父はもう助けられないのは、明らかなのです。それでも、シュタイナは、シュタイナの美学でしか、こうした挑戦を受けて立つことができない、ということなのでしょうか。
「では、出かけますか?」
「君が行くのだ。俺は行かない。道路のこの先にレインジャーがいる。君たちが道を渡る間、俺がしばし相手の注意を引き付けておく。あとで追いつくよ。」
「!!・・・だめだ、クルト。そんなことをしてもらうわけにはいかない。」
「ノイマン中尉、君が、私がこれまでに会った中で、最も立派な軍人であることは疑う余地がない。ナルヴィクからスターリングラードにいたるまで、君は一度として責任を回避したこともなければ、私の命令に背いたこともない。私は、今になってそんなことをさせるつもりは、毛頭ない。」
「・・・中佐のご意思に従います。」
「結構。それでは、出発してくれ、ミスタ・デブリン。幸運を祈る。」
「中佐殿。」
「なんだ?」
「あなたの部下であったことは、無上の光栄です。」
「ありがとう、中尉。」(リッター・ノイマンとクルト・シュタイナ)
屋根の上から雨のような銃撃を受けた教会から、生きて脱出できたのは、シュタイナ、手負いのノイマン、そしてデブリンだけでした。ノイマンとデブリンを脱出用の船がくる浜まで逃がすため、陽動を買って出るシュタイナ。しかし、長い付き合いのノイマンには、シュタイナが脱出する意思がないことが、この短い対話ではっきりと判ってしまうのです。そしておそらく、彼が一度決めたら頑として譲らず、説得の余地がないことも、嫌というほど判っている悲しさが、↑のリーアム・デブリンと比べても圧倒的に短いやり取りに、現れている気がします。数々の戦いをともに潜り抜けてきたシュタイナとノイマンの今生の別れ・・・、涙なしには読めません;;
「ドイツ落下傘部隊のクルト・シュタイナ中佐と見受けたが?」
「ミスタ・チャーチル・・・。意に反することではありますが、私は任務を果たさなければなりません。」
「それなら、なぜためらっているのか?」(ウィンストン・チャーチルとクルト・シュタイナ)
二人を脱出させたあと、ついにウィンストン・チャーチル首相の前に現れたシュタイナ。彼は本当に、たった一人で、厳重な警備をかいくぐり、とにもかくにも、チャーチルの目の前にたどり着いたのです。が、あと一歩というところでためらうシュタイナ。彼が初めてためらいを見せた場面です。一度引き受けたら、どんなことがあってもやり遂げる、軍人としての誇り、名誉。それが、彼をここまで駆り立ててきた力だったと思います。作戦に成功しなければ、生還したノイマン中尉や、本国で待っている仲間たちにも未来がないこともまた、『いかなることがあろうと友人を助ける』ことを信条とする彼にとっては、動機のひとつだったでしょう。あるいは、彼の美学に殉じた部下たちへの、彼なりの応え方でもあったのかもしれません。しかし最後の最後で、アドルフ・ヒトラー、そしてハインリヒ・ヒムラーといった、呪われた人々の意向に従って引き金をひくことをためらわせたのは、軍人である前に、ひとりの誇り高き人間、クルト・シュタイナ・・・だったのでしょうか。
この後どうなったかは、まぁ、ここまで書いてしまうと
たいていの方には予測がついてしまうかと思いますが、
一応、最後の最後は伏せて起きますね。
自分が健康で、安全な場所にいて、衣食住に困らず、
周囲の人から充分に尊重されている状態であれば、
清く正しく美しくあることは、わりと簡単です。
人は自分の生存や存在が危ぶまれる時、
己が魂の声に背き、嘘をついたり、ずるいことをしたり、
立ち向かうべき相手から逃げたりするのです。
クルト・シュタイナが生きた時代のドイツは、
偽りなく美しく生きることが、この上もなく難しい時代だったといえます。
そんななかで、それでも、自己の美学や主義を曲げることなく、
己が魂の命じるままに生ききったシュタイナ。
かっこいいとしか、言いようがありません!!クルト・シュタイナと、彼に従った男たちのように、危険を省みず、
命を投げ打って戦いに赴き、卑怯な手を嫌い、仲間を思う誇り高き軍人は、
ジオンにもたくさんいて、ジオンという国の魅力の担い手となっています。
その一例をあげると、
ランバ・ラル、ドズル・ザビ、エギーユ・デラーズ、アナベル・ガトー、
ノリス・パッカード、ユーリ・ケラーネ、ヘルベルト・フォン・カスペン、
ガデム、ノイエン・ビッター、そしてハーディ・シュタイナーなど・・・、
枚挙にいとまがありません。
彼らと、ジオンの軍人たちとの大きなちがいは、ジオン軍人には、
「スペースノイドの真の自治権獲得」という大義があったのに対し、
彼らにはそれがなかったことかなぁ・・・、などと思ったりします。
もっとも、シュタイナのような人間にしてみれば、
「『大義』など大仰な言い訳にすぎないさ。」と、
からからと笑ったかもしれません。
真理を突き詰めれば、戦争に正義などありえないし、
ジオン公国にしてみても、
大儀を掲げつつも、
「コロニー落とし」という大きな業を背負っていることは拭えないのです。
だとしても、彼のような
高潔な魂を持つ人の上に立ち、命令するのが、
ヒトラーやヒムラーといった荒んだ魂の持ち主であったことは、
悲しいめぐり合わせでないはずがありません。
だからこそ、
この哀しさこそが彼らの輝きの所以なのかもしれませんが・・・ね^^
まさに哀・戦士!!繰り返しになりますが、作品中、リアルな時代背景、
陰鬱とした重たい情景描写のなかで、
クルト・シュタイナとその仲間たちだけが、
リアリティを欠くほど凛々しく、高潔で、勇敢でかっこいいのです。
このリアリティの欠落が、リアルな、
それこそノンフィクションに近い戦争小説を愛される方には、
鼻につくだろうなぁと思います。
でも、アニメという、現実とは一戦を画す世界にリアリティを求める
私のようなガンヲタ気質の人間には、
この
リアリティとアンリアリティ(って言うのかな??)の配合具合が、
なんとも
絶妙なのです!
本や芸術を他人に勧めるというのは、おこがましい行いだとは思うのですが・・・、
もしも、もしも胸のすくような冒険小説を読んでみたくなったら。
『鷹は舞い降りた』この作品も、候補の一つにいれてみてください^^
長文、最後まで読んでくださっ(た方、いるかな^^;)て、
ありがとうございました^^
以上、ララァがお伝えしました♪
ジークジオン!!提供は
ジオン公国でした。
【ジオン公国国民募集】
ジオン公国では、共に戦ってくれる兵士を募集しています!
興味を持たれた方は
●【国民募集要項】(集え!国民よ!)
●【ジオン公国メンバー表】(ジオンに集いし戦士たち)
をご確認のうえ、このブログのコメントか、
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公国関係者にゲーム上で耳をいただくなどにより、参加表明をお願いします!
ジオンは諸君らの力を欲している!
立てよ!国民よ!↓ああっ、拍手がなければブログに集中しきれない!!